◆2008.02.08 Fri ちょっとした疑問シリーズ1
「面白い」と「楽しい」と「愉快」

 
 ちょっとした疑問シリーズ1・・・とタイトルをつけてみたが、1回きりだったりして・・・。

 さて、今回の疑問とは。。。。。

 昨年日連の先輩のトレーナーが、「楽しいスカウティングから、愉快なスカウティングにしてこう!」という事をおっしゃっていた。

 これを聞いたとき、「楽しい」と「愉快」の違いについて、どうもピンとこなかったので、違いを調べようと思ったのだが、つい忙しさに紛れてそのままにしていた。
・・・・ところが、先日茨城県連の山田副理事長が、奇しくも同じ事をおっしゃっていた。それで、漸く重い腰を上げて「楽しい」と「愉快」そして「面白い」を調べてみることにした。
インターネットで調べてみても、あれこれやってみたが、「これは!」というものが引っかかってこない。

 そこで、大辞林という辞書で調べてみた。すると・・・・

【面白い】 [形]おもしろ・し[ク]《もと、目の前が明るくなる感じをいった語》
  1. 興味をそそられて、心が引かれるさま。興味深い。「何か―・いことはないか」「仕事が―・くなってきた」「この作品は―・くなかった」
  2. つい笑いたくなるさま。こっけいだ。「この漫画はなんとも―・い」「―・くもない冗談」
  3. 心が晴れ晴れするさま。快く楽しい。「夏休みを―・く過ごした」「無視されたようで―・くなかった」
  4. 一風変わっている。普通と違っていてめずらしい。「―・い癖」「―・い声」
  5. (多く、打消しの語を伴って用いる)思ったとおりである。好ましい。「結果が―・くない」
  6. 風流だ。趣が深い。
【愉快】 [名・形動]楽しく気持ちのよいこと。おもしろく、心が浮きたつこと。また、そのさま。「―な話」「―に遊ぶ」

【楽しい】 [形]たの・し[シク]
  1. 満ち足りていて、愉快な気持ちである。「毎日を―・く過ごす」「テンポのよい―・い曲」「―・いピクニック」
  2. 富裕である。金持ちである。
  3. 作物の出来が豊かである。


 むむむ、失敗したかもしれない。ますます。難しくなってしまった。

 まぁあれやこれやと考えて、出した結論としては「愉快」=「楽しく、心が浮きたつ」ことなのだから、我々がよく使っている「ワクワク」にちがいない!! となった。 なるほど、納得!! 楽しいだけでなく、そこにワクワクを加えて、スカウトを虜にしてしまおぅってことナンだ。



【なぎら発】

◆2008.01.08 Tue ボエン
ボエンとは、いったいなんのことなんですか?

 
 元旦に書いた「隊長の手紙」のちーやんの言葉の中(最初)に
「群盲触象−−−てな漢語がある。沢山の盲人が象にさわって、勝手な観察と推理をくだし、それぞれ自分が正しく、他人の説はマチガイだといい張る。けれども、誰か、その全貌をつかみ得ただろうか? という、ボエンである。」
という行があります。この「ボエン」とはいったい何なのでしょうか? という質問がありました。

 私としては、この回答をここに書くよりも、このホームページの中から是非とも見つけ出していただきたいと思っています。「ちーやん」の言葉ですから「ちーやん」がヒントです。このホームページには「ミュージアム」という博物館があります。それがヒントです。
 これをきっかけに、是非「ちーやん夜話集」を読んでみてください。そこに書かれていることは、私たちが持つべき「スカウト精神」そのものなのです。まだまだ夜は長いですね。正月気分が抜けた今、自分ために、スカウトのために、是非ご一読いやご熟読を。

【なぎら発】

◆2008.01.01 Tue スカウト象にさわる
スカウティングとは?

 
 明けましておめでとうございます。  この冬の風邪はひどいですね。熱はそんなに出ないけれど、とにかく胃がきりきり痛くて寝られません。もう一週間になりますが、ようやく快方に向かってきました。

 さて、新年です。県コミになって8ヶ月。今まで動きが止まって錆びついていた歯車をなんとか動かしました。吉田前県コミやコミッショナーグループとともに準備してきたこと、そしてスカウティングへの情熱、スカウト達への期待などを原動力として。動かすと解るのですが、何せ今まで止まっていたものだから、潤滑のための油(=意識)は回っていないし、錆(=理解不足)やら苔(=過去への固執)やら埃(=変化への抵抗)やらで、回転させるのには大きな力を継続的に投入する必要があります。順調に回るには、もうちょっと時間がかかるようです。

 今のコミッショナーグループのモットーは「まずは動こう!」です。あれこれ考えて機が熟すのを待っていたのがちょっと前までのコミッショナー。でも、結局は機が熟すことはなかった訳です。・・・・・どうしてでしょうか? 答えは簡単。それは動かなかったからです。評論家となっていたからです。口だけの人についていくことはないでしょう。自ら積極的に動いてこそ、その一生懸命な姿を指導者が認め心を動かされればこそ、指導者も動くのではないでしょうか?

 そんな反省から、3年前から始動のための準備を開始しました。それはコミッショナーとしての実力を付けること。原点に戻って基本と精神を確かめ、その上で現在のスカウティングを研究し理解していくこと。担当部門のエキスパートとなること・・・・だったわけです。
 それが達成できたから動き出した・・・ワケではありません。まだまだ道半ばにも達していないのです。では何故動き出したのでしょうか。それは、これからはコミッショナーグループと現場の指導者達とが共に動いていくことで、それぞれに気づきを促し、考え、実行していく段階に入ったからです。そして、スカウターとしての意識を共に高め合い、スカウティングの新たなステージを築いて行くことがベストな方法と考えたからです。ようやくそれをリードできるだけの力をコミッショナーグループがつけたからです。さぁこれからが本番ですよ。コミッショナーのみなさん、指導者の皆さん、日々楽しみながら自分を高めていくことで、スカウトたちに多くの良い影響を与え、彼らのいろいろな能力や良い性格を引き出していきましょう。頑張って参りましょう。

 ところで、何かが動き出すと当然出てくるのが「批判」です。某地区の役員は「県コミは勝手にやっている」とか「県コミグループの独断専行」とか言っているようです。他にもいろいろと聞こえてきます。平穏なところをグググと揺さぶっているわけですから、いや正確には、本来のあるべき姿に戻そうとしているだけなのですが・・・・、その本来の姿を知らず(知ろうともせずに)、これまでの「死の谷」がスカウティングのあるべき姿と思っているのであれば、それは文句のひとつも言いたくなるでしょう。でも、それは認識不足ですよ。もっとスカウティングを勉強してくださいね。「理事」の任務・責務は理事会で決定したことを責任を持って実行することなのですよ。組織の意思決定に関わり、それを実行・実践するということは、ボーイスカウト運動というものに対して、十分な知識と深い理解を持つのは当然のことで、その上で独特の組織運営方法を身につけ、そして誰よりもスカウティングに対する情熱、スカウトに対する愛情を持っていなければならないのですよ。それが大前提ですよね。事実、他の地区委員長たちは重々それが解っているから、コミッショナーグループのこれらの動きを理解し、呼応し、応援し、共に進んでくれています。本当に感謝です。

そんな思いの中で、思い出したのが「ちーやん夜話集」の最初にあるこの文でした。


スカウト象にさわる

 「象でなく、像ではないのですか?」
 「まァ、だまっておしまいまで読みなさい。結局同じことになるけど…。」
 群盲触象−−−てな漢語がある。沢山の盲人が象にさわって、勝手な観察と推理をくだし、それぞれ自分が正しく、他人の説はマチガイだといい張る。けれども、誰か、その全貌をつかみ得ただろうか? という、ボエンである。
 スカウト象−−−この象(像)の名を「スカウト」という。命名者はB−Pである。B−Pが描いた理想人の像である。幻像である。
 「ははァ、足が4本あるネ。」
 「それはネ…CS、BS、SS、RSという4本ですよ。」
 「いや、それはネエ君、人格、健康、技能、奉仕の4本柱ですよ。」
 これは理論派の盲人。
 「この長い鼻ネ。これで食べたり、飲んだり、物をつかんだり、イキをしたり、ポンプになったり、ホースになったりするそうだが、してみると、スカウト象というものは、一般コドモ大衆に公開して、いっそうのことコドモ会にしてしまう方が、利用価値があるんじゃなかろうか?」
 「君はバカだな。この象牙の方が金になるのを知らんのか?」
 これは利用派、実利派の盲人。
 「一ペン位さわってわかるもんか。継続観察をやりなさい。」
 「僕は、和尚さんから白い象の話を聞きました。仏さまが乗るそうですネ。」
 このような、声も聞かれる。けれども、スカウト象の全貌をつかむことは中々むつかしい。隊長を何年やったとか、実修所へ何回入所したとか、所長であるとか、コミッショナーであるとか、理事長であるとか、何であるとかいうても、この象の全貌をつかんだという証明にはならない。
 将棋の升田は、九段と、王将位と、名人位の三つのタイトルを得たが、これは「実力」で勝ち得たものだ。我々は、少年に「実力」で初級、2級、1級、菊、隼、富士、をとるようすすめているくせに、指導者は果たしてご自分の実力で、理事や、コミッショナーになったであろうか?
 「実力」以外のSomething を足場として、立っているのではあるまいか? 曰く年功、曰く年齢、曰く金力、曰く社会的地位、曰く情実、曰く強引に…。
 折角つかんだ隊員を、1年か2年で逃してしまい、その補充に毎年何人かの新入者をいれて、1級以上の等級に進み、富士まで登った者は全国に20人もいない。何年たっても日本のBSは富士山の二合目か三合目あたりを登ったり降りたりしていて、それから上の方は雲で見えない。結果的に富士山の全容をよう見ず、二合目、三合目のみをもって、これ富士山なり、スカウティングなり、とわかったようなツラをしている。これが現在の段階、こう考えてみると、ウヌボレの度が、きつすぎる。下手なゲームのやり方だ。
 B−P描くところのスカウト像は、そんなヤスモノではない。安い評価をしなさんな。スカウト像は生物だから、毎年大きく伸びつつある。像と書くと無生物と思われ易いから、私は象と書いた。ニンベンは、いいかえたらウヌボレヘンだから、ない方がよい。
 本当に積みあげて出来た立派なローバースカウトよ出て来い。一体、幾人いるのか?
 年令だけのローバースなら、スカウト以外の青年の中にも居る。
 ジャンボリーのような、お祭りばかりに熱をあげるのが能じゃあるまい。事前訓練を欠いた野営大会、キャンポリー、ジャンボリーというものは、事前訓練という助走路を欠いているから飛躍がない。
 結局は、“Scouting for Boys ”をよく読んでいないため、象がつかめない。 ローランド・フィリップス著「班別制度」を読んだら、いかに、みんなが現在やっている班制が、班制の擬態であるかにびっくりするであろう。大いにハンセイ(反省)すべき点あり、勝手に理解し、我流で押しとおし、狭い視野内で速断し、想像を過信し、自分自身を高く評価しすぎると、足もとの今まで雑に積んできた煉瓦はくずれる。
 SS、RSと積みあげる頃になると、下の方がくずれる。
 私は、象の全貌がまだわからない。そう考えると、ほんまに、ゾウとする!   (昭和32年7月13日 記)
 

【なぎら発】

◆2007.09.26 Wed 隊長がエライか? 役員がエライか?
スカウティングの成人指導者では、誰がエライのでしょうか?
 
 ふぅ、こんなコトを考えること自体、何か間違っているような気がするんだけど、指導者歴の浅い方には、けっこう深刻?な問題の様ですね。

 私も県連盟コミッショナーなんてポジションにいるもんで、常にあるイヤ〜なことを感じています。それは、「県コミッショナー様」って呼ぶ人がいることです。そこまで行かなくても、なんか偉い?人なんだな・・・と思っている人の多いこと・・・・。  決してエライわけではないです。みんなよりちょっと勉強をしていて、ちょっと経験があって、ちょっとだけスカウティングを良く知っている(・・・・こう言ってしまうのも相当に語弊があるんだけれど)だけ。それを教育分野という立場から、皆さんに伝え・説明し、時には指示・指導することで、隊のスカウティングを素晴らしく、まだスカウティングを知らない子どもたちが「お、何やら楽しそうだぞ」と目を輝かせるようなものにしていく支援をするのが私の役目なのです。コミッショナー・グループというチームを率いてその方向付けと計画と実践と問題解決をしていくのが務めなのです。

 スカウティングは会社でもなければ、軍隊でもないですよね。だから「地位」や「階級」なんてないんです(先輩・後輩はありますが)。もし、それがあるとしたら「隊長」が最高の地位であり階級ですね。よく、隊指導者から地区の役員になって、自分の身分が上がってオエライさんの仲間入りをしたかのように考えてしまう方がいますが、それは全くの誤りですよ。地区の役員や地区コミッショナー、そして県連の理事や県コミッショナーなどが隊長よりエライんだという考え方、それと隊長からそれらのポジションに就くことは「出世」なのだという考え方・・・・には、私はモノ申したいですね。

 ちーやん(中村 知 先達)も言っていますが、「隊長以外のスカウター全ては、ことごとく、隊長への奉仕者助言者である」・・・・と。本当にその通りです。ということは、総長も、理事長も、各理事も、事務局長も、コミッショナーも、各種委員長も・・・・・、みんな隊長を支援するために存在しているのです。地区委員会も、県連理事会も、コミッショナーも、日本連盟も、スカウティングを普及促進し、そして実際にスカウトにスカウティングをきちんと展開している、活動している隊長たちに協力するための支援体なのです。

 こう言い切ってしまうと、隊長が急にエラクなってしまいそうなんだけど、なかなかそうはいかないんですね。もし、隊長が100%スカウティングを理解して、それを実践できていれば支援なんて必要ないです・・・が、そんなスーパーマンの隊長はいないでしょう。 皆さん、いろいろと試行錯誤をしながら、ヒマを見つけては勉強して、トライ&エラーを繰り返しながら隊活動を、副長やデンリーダーなどの隊内の指導者の協力を得ながら行っていると思います。それでもいろいろな『壁』が立ちはだかります。

 そこで役立つのが団であり、地区であり、県連・日連なのです。隊長がスカウトたちにより良いスカウティングを提供していけるように、研修やラウンドテーブルで共に勉強・研究する環境を整えたり、活動に専念できるよう事務を行ったり、スカウトたちの励みとなるようイベントを実施したり、進歩のバッジ提供したり・・・と、一歩先を歩いているからこそ、役割を分担しているからこそ、活動のベース・基盤・環境を作っているからこそ、隊長は安心して、そして役員たちと二人三脚でスカウティングを行うことができ、より広く・大きく・ためになる楽しい『スカウティング』に結びつくのだと思うのです。

 だからこそ、隊長がエライか? 役員がエライか? なんて議論は意味がないのです。隊長は役員からどんどんいろんなコトを学び取っていきましょう。そのために役員は存在しています。どんどん利用してください。また、役員は隊長から「さすが」「すごい」「なるほど」と認められるようでなければいけないですね。更に自分を磨き続けてください。役員になるってコトは大変なことなんですね(それ以上に役員でいることは、もっともっとたいへんですよ)。

さあ、Learning by Doing です。

 

 (追記) あのですね・・・・、役員になると同時に手放すことが多くなる大切なモノがあります。 それはスカウトたちと直接活動する隊指導者としての機会です。 もし私が、県コミッショナーと隊長、どっちを取りますかと質問されたら、即座にためらうことなく『隊長」と答えます。それほど自分の中では「隊」であり「スカウト」は重く大切なものなのです。今は副長という立場をいただき、たまに活動に参加させてもらっているおかげで、コミッショナーとしてスカウティングの現場であり主体である隊とスカウトを「第1」に据えることができています。しかし、それが「第1」に考えられなくなったら、その瞬間に、自分は役員でありコミッショナーとしての資格がなくなると思っています。  
 

【なぎら発】

◆2007.09.20 Thu 「個性教育」と「個人教育」
カブやボーイの活動において個性教育というものをどのように取り入れていくといいのでしょうか?
 
 まず、理解してもらいたいのは「個性教育」であって「個人教育」ではない・・ということです。

 集団に対しては個人ですが、ここで言ってるのは「個性=Character=性格」です。子供達の良い性格・性質は伸ばしましょう。悪い性格・性質は、自分にとって不利益なばかりじゃなく、みんなにとっても迷惑。集団の中で自分がどう在れば、みんなと仲良く助け合い、また心を通わせ合えるかなぁ・・・(例)を考えさせ、改善させて自分でそれに取り組むようにしていくよう支援することが「個性教育」なのですよ。(それだけじゃないけれど・・・・)
 
 個性教育は大集団でもできますが、それだと「自分は何もしなくても済んでしまうもんねー」になってしまいがちです。ですから、組や班といった「小集団」の中に役割と責任、競争と協調、向上心と認証制度、協力とチャレンジといった環境を作って、その小集団(グループ、組、班)の対抗という子供の特質をうまく利用しながら行っていく・・・・それが、ボーイスカウトでいうところの「班制度(班制教育)」なんです。
 
前回、
  1. スカウトに、自分が実行できることを気づくようになるのを刺激する「環境」を作り出すこと。
  2. スカウトが、自由に試したり、学んだりするのに必要な「安全な状況」を整えること
  3. 進歩を遂げ、人生経験の一部とすることができるような個人的に意義のある経験をするような方法や手段を「自分で見つけ出す」よう援助すること。
・・・が、指導者の役割だと言いましたが、あくまで核の部分です。ここに各部門特有の方法を加えてください。
 
 ある部分では、「管理=統制」が必要に場面があるでしょう。それは、指導者が意味も知らせず一方的に強要したならば「統制」となるのでしょうが、スカウト達が「何故それをしなければならないのか」を理解して実行したならば、自発・自立性のある行動に変わりますよね。社会のルールっていうのも、同じなんじゃないですか?
 
 横道に逸れてしまいました。
 
さて、個性教育というものをどのように取り入れていくといいのでしょうか?
 
 それは、「スカウト自身が、自分が実行できることを気付けるような、そんな活動」であれば、そして、そんなプログラムと指導がなされる活動であれば、それがイコール個性教育なんじゃないですか?
 もちろんそれにとどまらず、そこからより高い目標を設定してそれを目指して自分で進んでいく・・・・・ことが次には続くんだけどね。
 

【なぎら発】

◆2007.04.20 Thu スカウティング・スピリッツ 考
スカウティング・スピリッツ

 ある方からのこんな「質問」がありました。
 スカウティングにとって、とても大切な部分ですので、皆さんと共有したいと思います。
 
 「そなえよつねに」
 この言葉の意味、どのように理解されていますか?いろいろな、とらえかたがあると思われますが・・・
 私は、「死ぬ時に、私の一生は○○○だった。」この○○○には、自分で、その時がきたら、こんなふうに思いたい。という事を実現できるように、常日頃から考えている事。という意味も含むと子供から聞いて、私の生き方に一番近いと思いましたが、はたして、この解釈が正しいのかという部分で「?」となってしまいました。
 
 
 うーん・・・・この解釈は、大きく捉えれば、間違ってはいませんね。
 しかしながら、そうなるには、考えるだけでなく、その日その時をどう生きていくか! を実行・実践することが、そのバックになくてはならないんです。そして、その方向・在り方がボーイスカウト運動の根幹の部分ですので、とても大切なものなんです。
 
 
 まず、「ボーイスカウトってどんな運動なんですか?」という問いに正しく答えられるコトが求められます。
 ここをしっかりと押さえていないと、いろいろな解釈が出てくるんですよ。
 
 それは、「今」をどう生きる? → 「今、自分はいかに在るべきか」なのです。
 
 これは、単にアトでこうなる(なった)というものではありません。だから「死ぬとき・・・に」とイコールではないのです。死ぬ時感じた「結果」でなくて、「現在進行形」の今なのです。「今」があっての「結果」なんです。
 
 端的に言えば、ボーイスカウト運動とは、青少年に対して「今、自分はいかにあるべきか」を求める運動です。
 彼らが成人となったときに、自分のスタンスが「よりよい市民」として確立できることを目的に、スカウト達が「今、自分はいかにあるべきか」をそれぞれの年代(部門)に応じて、そのプログラムの中で、しっかりと考え、それを実現できる術(=良い個性)を身につけていく・・・・それを成人が支援しながら実行・実践していく運動なんですよね。
 
 
 ところが、スカウトたちはいちいちそんなことを意識してやってはいませんよね。「自分は成長しているなぁ」なんてその時々には思っていないでしょう。きっと彼らは「楽しくて」やっているハズですから。この「楽しさ」こそがモチベーションなのです。これがスカウティングの原動力なのです。そして、楽しさを感じるところは各人それぞれ違っていますから、指導者は「スカウティングはこうでなければならない」なんて押しつけることは必要ないんですよね。
 
 ただし、ここで大切なことは、その楽しさを感じる根幹の部分を育ててやる・・・いや、引っ張り出す・・・気づかせることなのです。具体的に言えば「自分が今、行っている行動に対して価値を感じさせる」ことなのです。そのスカウトが感じる「価値」とは、仲間との深い関わりかもしれません。やったことのないことへのチャレンジかもしれません。自分の技能の検証かもしれません。新たな発見かもしれません。自分を振り返る穏やかな時間かもしれません・・・・・これらのことは、普段の生活では意識しないと何気なく通り過ぎていってしまうものでもあります。それを意識させ、そこに価値観を感じる・・・・それこそがスカウティングの本質なのです。
 
 成長過程で身につけるべきたくさんの分野の多種多様な「価値観」を、仲間との関わり、指導者との関わりの中で、自分で実践することによって、見つけ、気づき、そして獲得し「良い個性」として自分のものにしていくこと。そしてそれを社会という場で活用していくことが、スカウティングの目的なのですね。それを獲得するプロセスがスカウティングそのものなのです。そのためには、そこに「今、自分はいかにあるべきか」を考え、感じ、実行していくことが、まさに必要となるのです。「よーし、やってみようぜ!! 失敗したっていいじゃん、その時は失敗の原因を考えて、もぅ一回やって、自分の物にしようぜ。」(おぉ!「実践躬行(Activity First)」「精究教理(Evaluation Follow)」「道心堅固(Eternal Spirits)」・・・清規三事!) という、この『姿勢・意識・精神』=「魂(スピリッツ)」がなくてはなりません。これこそがスカウティング・スピリッツなのです。
 
 だから、プログラムとは、それを気づき、実行できるものでなくてはダメなんです。いろんな仕掛けして、スカウトたちから「楽しい」を引っぱりだすこと、そして部門の各年齢層に応じた「今、自分はいかにあるべきか」をそこで実行によって気づかせ、良い個性として定着させていくこと。それがプログラム作成のキモであり、隊集会の醍醐味なのです(←これはとても大切!!)。 プログラムでその成績の優劣を決めることではなく、自分の在り方に気づくいたことを指導者がよく見ていてそれを評価する。だからこその、アワードなんです。そう、誉めてあげる、認めてあげる、みんなの前で・・・が良い個性の定着を促すんですよね。
 
 
 このトコロを多くの指導者たちは、きちんと認識していなるのかなぁ。多くの指導者は知識や技能を与えることが「指導」だと、そして、それをスカウトができたことを評価する・・・・と思ってるんじゃないのかな。確かに日本の「教育」は知識や技能を与えること・・・・であり、我々もそう思っている。それは否定しません。でも、このボーイスカウトのやり方は、EDUCATE=養い培い引き出す・・・で、INSTRUCT=与え力で詰め込み教え込む・・・・じゃないんだよね。人の育て方の違いがこれで明確になるでしょ?
 ですから、この運動では教師でなく指導者と言うんですよね。「teacher・教える人」ではなく、「Leader・導く人」なんですね。
 
 従って、ボーイスカウト運動における指導者の在り方というのは・・・

  1. スカウトに、自分が実行できることを気づくようになるのを刺激する「環境」を作り出すこと。
  2. スカウトが、自由に試したり、学んだりするのに必要な「安全な状況」を整えること
  3. 進歩を遂げ、人生経験の一部とすることができるような個人的に意義のある経験をするような方法や手段を「自分で見つけ出す」よう援助すること。
 
 になるんです。あくまでやるのはスカウト自身。大人は援助だけ。(→まさにこれこそ「自発活動」の本当の意味!!)
 そして、釣り合いがとれた発達を遂げるように配慮し、時間をかけて、確実に活動と集団での日常生活により、各個人の肉体的・知的・情緒的・社会的・精神的な発達を助長していく・・・こと(一貫教育、活動プログラム、進歩制度、班制教育)が、我々リーダーの役割なんですね。
 
 ですから、決して教え込むことではありませんし、彼らの個性を無視して集団行動を強要するモノでもないんです。
 
 そのような、活動だからこそ、子供達は自分の能力に気づき、それを喜びとして次へのチャレンジの原動力にし、それを確かめられる場(=活動)への参加意欲へとつながるのですね。
 しかも、子供の発達段階に応じてビーバー〜ローバーという部門によってそれぞれ適切な進歩プログラムで、それらの環境を提供し、子供達がその発達段階に応じた「気づき」ができることに意義があるんですよ。
 
 だから、カブをボーイへの準備期間、ビーバーをカブへの準備期間・・・と考えてはいけないんだよね。
 また、ビーバーの「大きな輪」、カブの「カブコール」、ボーイの「班制度」といった、その部門で特色のあるこれらのものは、非常に大きな意味を持っているんだよね。これもスカウティングの一貫性なのです。
 

【なぎら発】

◆2005.03.01 Tue スカウトたちは何故スカウティングを続けるのか
スカウティングの原動力とは何か

 「指導者のつどい」「WB実修所の課題研修の支援」と、たてつづけに「スカウトたちは何でスカウトしているんだろう」と考える機会がありました。 自分と自分のスカウティングの経験から考えたところ、3つの要素に行き着きました。1つ目は「楽しい」こと、2つ目は「あこがれ」、そして3つ目は「向上心」です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【なぎら発】

◆2005.03.14 Mon ドロシー・ロー・ノルト
皇太子様が「感銘を受けた」と述べられた言葉

子供たちはこうして生き方を学びます

 批判ばかりされた子は 非難ばかりします
 敵意に満ちた中で育った子は だれとでも戦います
 冷やかしを受けて育った子は はにかみ屋になります
 ねたみを受けて育った子は いつも悪いことをしているような気持ちになります
 心が寛大に人の中で育った子は がまん強くなります
 はげましを受けて育った子は 自信を持ちます
 ほめられる中で育った子は いつも感謝することを知ります
 公明正大な中で育った子は 正義心を持ちます
 思いやりのある中で育った子は 信仰心を持ちます
 人に認めてもらえる中で育った子は 自分を大事にします
 仲間の愛の中で育った子は 世界に愛を見つけます

     作 ドロシー・ロー・ノルト/訳 吉永 宏

 この詩を聞いたのは、今から13年ほど前のことです。当時5地区の地区委員長だった飯村和広さんが何かの研修会で聞いてきて教えてくれたのです。どうも震源地は今話題の「ニッポン放送」の番組だったようです。その直後に加藤諦三氏がそれをまとめて「アメリカインディアンの教え」という本にしました。これを当時の指導者は競って購入し読んだ・・・と記憶しています。
 この当時は作詞者のドロシー・ロー・ノルトさんはどんな方なのか全くわらなかったそうです。この詩は、1954年に「Children Learn What They Live」という題名で南カリフォルニアの新聞のノルト博士の「週間コラムFamily Living」にて紹介され反響をよんだそうです。また、現在は『子どもが育つ魔法の言葉』(1998年刊・アメリカ/PHP研究所)という著書が著され、その中にも掲載されています。
 私も当時、この本を買って読みました。確かその続編もありましたね。誰かに貸したのか無くしたのか、気が付いたときは手元に無かったので、気にはなっていたのですが、この皇太子様の記者会見でどうしても再度読みたくなり、書店に行ったところこの「アメリカインディアンの教え」が文庫本で出ていたのでした。
 今改めてこの詩を本を読み返してみて、最初に思ったことは「しまった!!」でした。もうすぐ娘が小学校を卒業してしまうのです。「あれもダメ、これもやっていない、これも・・・」と反省することしきりです。
 フォーマル教育(学校)、インフォーマル教育(家庭等)、ノンフォーマル教育(スカウト運動等)が、それぞれこの要素を確認してそれをその教育活動に活かしていかなければなりませんね。素直にそう思います。
 そして、全指導者と保護者の皆さんに、この本を読んでいただきたいなぁと思います。特にカブ、ビーバーの保護者の皆さんに。

【なぎら発】

◆2005.01.11 Mon 野鳥観察
久々にバードウォッチングに行きました。

 ここのところ、ちょっと小難しいことを書いてきたので、ちょっと一休みしましょう。
 今、たくさんの冬鳥、特に鴨類が飛来してします。そこで、連休の最終日、今日は県連も地区も団もなーんにも会議や活動がないので、久々にバードウォッチングをしました。場所はつくば市の洞峰公園、並木近隣公園、阿見の花室川、土浦市の霞ヶ浦です。
 出会った鳥たちは・・・・カルガモ、ヒドリガモ、オナガガモ、ハシビロガモ、マガモ、コガモ、ミコアイサ、バン、オオバン、ユリカモメ、ドバト、モズ、シジュウカラ、メジロ、エナガ、ジョウビタキ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、スズメ、ウグイス、ウミウ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、ムクドリ、コブハクチョウ、バリケンそしてカワセミ。短時間でしたがたくさん見られました。

 カモは、付近の池や沼・湖でたくさん見られます。このカモは年によって飛来する種類の割合が変わるようです。10年ほど前はハシビロガモがたくさんいました。ここ数年はヒドリガモがたくさん来ています。カルガモは一年中見られますがそう多くはありません。オナガガモは公園の池で多く見られます。あまり人を怖れないのでエサにつられて間近で見られます。コガモとマガモは用心深いので、なかなか近くには来ません。コガモはヨシなどの隠れる場所の近くに、マガモは霞ヶ浦の沖合の方にいます。観察するには双眼鏡が必要ですね。双眼鏡は8倍程度のもので十分です。ホームセンターで1000円程度で売っているときがあります。機会を逃さず買っておきましょう(年頭に土浦のジョイフル山新で天体望遠鏡で有名なミザールの双眼鏡が1000円でした。)。バードウォッチングに飽きても活動でも使えます。たまにトリを見るのであればそれで十分でしょう。今回は霞ヶ浦の沖合に1羽だけコミアイサを見つけました。別名「パンダガモ」と言われる白黒のカモです。海にいるトリなのでなかなかお目にかかれないのでラッキーでした。
 写真もたくさん撮りました。一眼レフデジカメはいいですね。私のヤツは焦点距離が勝手に1.6倍にもなってしまうんです。広角側は困りますが、望遠側はバッチリです。しかもホームページに掲載する場合は、一部だけを切り出(トリミング)しても問題ないので、すご腕になった気分が味わえます。ってなことで3枚だけ掲載します。
 なかなかイイでしょ。ユリカモメは投げたエサをキャッチした瞬間を激写!! したんだけど、なんか普通の写真だね。

【なぎら発】

◆2004.12.15 Wed 読書のススメと定型外訓練の関係??!!
もういちど、Scouting for Boys を読んでみませんか

 2月に実施予定の定型外訓練「スカウティング・ゲーム」のプログラムの組み立てのために、久々に「Scouting for Boys」を読んでいる。

 読みながら、昔の実修所課題の事を思い出した。確か「Scouting for Boysを読んで、印象に残ったキャンプファイヤー物語を2つ要約し感想を書け」だったかなぁ・・・。あの当時・・・だから、もう20年前のことなんだなぁ。
 おっと、これは回想録ではないのである。今どうするかということである。
 正直言って、「Scouting for Boys」は、なかなか読み進めない。集中できない。すぐに別なことを考えてしまうのだ。本の文章を読んでいると、なぜか自分の体験がだぶって、ついそちらのほうに意識が移ってしまう。そういえば、昔は東京までの電車通勤の往復でこの本を読んでいたのだが、やはり、なかなか読み進めなかった。いつの間にか眠っているのである。本音を言えば「つまらない」のである。内容の良し悪しではなく、文体や表現、例示等翻訳が古いので、読むのが辛いし、また、心に響いてこないのだった。実修所の課題でなかったら、きっと読まなかったろうなぁ。
 今はどうか。確かに今も読むのには努力がいる。が、自分のスカウティングに対する理解度も上がっているのだろう、読んでいて「そういうことだったのか!!」「なーるほど!!」と、B-Pが言わんとしていることが、理解できるようになった。ようやく理解できるだけの広さと深さを身につけてきたのだろうか?  まぁ、そういうことにしておこう(・・・自分のことはどうでもいいのだ)。
 ということで、どうやら、この本は、指導者のスカウティングに対する理解度の指針となるようである。他の人と比べることはできないが、自分自身の成長を感じることはできるだろう。で、私の場合は、実修所の課題というものがあったからこそ読むことができたが、今の指導者達には、そんな機会はないんだよなぁ。研修所の課題研修の1番目に「関係書籍を読む」というものがあり、そのひとつに「Scouting for Boys」が挙げられているけど、今まで最後まで読んだという人に1人たりとも出会っていない。

 で、提案。
 まずは、秋の夜長・・・冬の夜長のこの機会に、是非最後まで読んでみましょう。
 この本から、スカウティングは始まったんですよ。当時の少年達は、この本に書かれている事がとても魅力的だったんでしょうね。
 今でこそ、欲しい情報を直ぐに手に入れることができるようになったけれど、今から100年前には、この本は、子供達の好奇心をくすぐりまくり、とにかく居ても立ってもいられなくて、友達を集めてスカウトの班を作ってしまう・・・ような、たくさんの魅力ある情報が詰まっていた本だったんだよね。真のスカウトになるために身につけなければならないことが、そこには出でいたわけだ。それが楽しいゲームだったり、お話だったり、例示だったり、きっぱりした指導だったり・・・。それは全て「真のスカウト」のイメージを明確に示しているものだったわけだ。そんなヒーローの姿がそこにはあるんだよね。そのヒーローってどんな者なのかを掴み取ってみよう。それが指導者としてのステップアップの第一段階になるよ。きっと。

 話は、2月のスカウティング・ゲームに戻る。「スカウティングはゲームである」と言われるほど「スカウティング」と「ゲーム」は切っても切れない関係にある。
 スカウト達は、楽しい時間を求めてやってくるんだ。何が彼らにとって楽しいのか。それはゲームだ。仲間達との競争や協力という、いわば彼らの本能(年代に応じた特質)が欲するものを具体的にしたのがこの「ゲーム」だからである。だから楽しいんだ。彼らは、そこに教育的要素が含まれていようがいまいが関係はない。求めるのは楽しさであり、他の人に負けないことである。1人では勝てなくても、仲間と協力してやれば勝てることもある。やはり勝ちたいから、そういう仲間を集めて集団を作る、それが「班だ」。そして「班」としても他の「班」に負けたくはないから、勝つために役割分担と日頃からの鍛錬(進歩課目)を行うようになる。それが「そなえよつねに」だ。そのように彼らの本能・成長段階での特質を利用したのが「班制度」だ。
 そして、彼らに楽しくやり甲斐のあるゲームを提供するのは・・・・、そう、指導者なのである。そのゲームは、実はいろいろな教育的要素がちりばめられている。それを効果的に彼らが取り込み(取り入れ)、気づくように「ルール」という仕組みを作る。言い換えれば、それがスカウティングの「プログラム」なんだ。教えてもらって気づくのではなく、体験して気づくことができるので、身に付くんだな。
 隊集会は、その「ゲーム」の場で、そこで勝つための準備や計画・作戦をするのが「班集会」だ。
 だから、スカウティングの「ゲーム」は、ただのゲームではないんだ。そこには求める効果(目的)があり、組み立て(ステップと目標)があり、それを活かす方法(ルール)がある。それがプログラム。そんな夢中になるような楽しいプログラムを作り上げるのが、指導者の大きく大切な役割(のひとつ)なのですよ。
 こんな観点から「Scouting for Boys」を読むと、この本は最大のヒント集になっちゃいませんか?

 そんな訳で、2月の定型外訓練に参加される指導者の皆さんは「Scouting for Boys」を読んでくる事が、参加の条件になってしまうのでした。

【なぎら 発】


隊長、こわいっす!!
笑え、笑うんだぁぁぁ!!


隊長、水が入ってきました!!
笑え、笑うんだぁぁぁ!!


隊長、沈没しました!!
笑え、笑うんだぁぁぁ!!
◆2004.11.21 Sun ノン・フォーマル教育としてのスカウティング
教育の中でのスカウティングの位置づけ、指導者の在り方を再確認しよう

 学校教育としての「フォーマル教育」、家庭教育としての「イン・フォーマル教育」そして、それ以外の教育である「ノン・フォーマル教育」・・・これらの言葉は、もう皆さん既に存知ですよね。そして、スカウト運動は世界5大「ノン・フォーマル教育」組織(世界YMCA同盟、世界YWCA、世界スカウト機構、ガールガイド・ガールスカウト世界連盟、国際赤十字・赤新月社連盟)の1つであることも。
 一方、私たちの間でもスカウティングは教育運動なのか否かの議論があります。指導者の中には「私は教育者じゃない、リーダー(導く人=指導者)だ」という人もいます。それを言うなら正確には「私は教師じゃない、リーダーだ」ですね。教育というものの範囲をもっと広く深く考えてみましよう。すると、広い意味での教育活動におけるスカウティングに位置づけが明確になってきます。それが、この「フォーマル教育」「イン・フォーマル教育」「ノン・フォーマル教育」の3つの教育です。それに関わる我々指導者は「教師」ではありませんが「教育者」のひとりなのです。
 さて、「ノン・フォーマル教育」がどんな役割を果たすのかを具体的に説明できるか・・・というと、なかなか厳しいものがあると思います。まず最初に、それについて説明したいと思います。

 まず、A君という1人の小学5年生がいたとします。太郎君は1日の生活の中で、通常2つの教育を受けています。それは学校「フォーマル教育」と、家庭「イン・フォーマル教育」です。学校と家庭、それぞれが教育機関として、しっかり機能していれば、この2つだけで、おそらくA君は社会人として身につけなければならないほとんどの事を身につけながら成長していけると思います。

 しかしながら、高度経済成長、バブルの崩壊と社会環境が変わっていっても、競争社会という構図は変わっていません。そんな中で、私たち成人もそんな価値観の中で知識の詰め込み教育を受け、それがあたりまえの教育の在り方だと思ってしまっています。今でこそ「ゆとり教育」「総合学習の時間」など若干の変化は見られるものの、今度は過剰なアレルギー反応で教育現場での本来あるべき「競争意識」までも奪ってしまったために、今度は「学力の低下」だと騒がれています。悪循環ですよね。
 ということは、今もなお学校の教育現場においては、「競争社会」への対応が求められています。だれから? 保護者からですよね。どんな対応かというと、どんどん多くの内容(知識)を教えるべし・・・と。
 B-Pの言葉にもありましたが、教え込む(Instruction)と教えはぐくむ(Education)、覚えていますよね。前者は単なる知識の移転にすぎません。学校は本来、たくさんの友達との関わりの中で体と心と知能を育む後者の場でもあったはずです。それに加えて、本来家庭で行われるはずの「しつけ」や、多発する犯罪からの安全管理等があります。それを実施するには、個別の対応はできないでしょうから、どうしても画一的かつ表面的なものになってしまいがちです。
 下の図1を見てください。図の上は、本来学校に求められる「教」と「育」の比率です。割合のバランスがとれています。しかし、下は「教」の比率が高く「育」が低くなってしまっています。今では、これが当たり前になってしまっているのです。それをここでは「教育の赤字」と呼びます。フォーマル教育の赤字なのでここでは「F赤字」と表現します。

 次に、イン・フォーマル教育ですが、下の図2をみてください。特にバブルがはじけてからでしょうか、家庭への経済的圧力から、母親が働きに出ることが多くなっています。そのため、今まで母親が家庭でこなしてきた家事・育児の時間が大幅に圧縮されてしまっています(その一部は父親に移されるようですが)。ということは、本来子供とのコミュニケーションに費やされるための時間の多くが奪われてしまっています。そこで母親はどうするか。自分が子供の生活にかかりっきりになれない不安から、そうです、学習塾に子供を入れることで、精神的に安心するのです。またそうではない場合は、「鍵っ子」じゃありませんが、子供達が小さいうちから、管理されない自由になる時間を過ごさせることになります。これらの家の中、塾、遊びの時間等、これを「独立」と呼びます。
 しかし独立にはそれとセットで必要不可欠なものがあるのです。それは「自治力」です。「自治力」つまりそれは「自分自身の独立を管理する能力」のことです。この2つがセットで実行されないと、非行に繋がってきます。非行に走らなくても、TVから悪い影響を受けたり、仲間との関係が築けなかったり・・・と健全な成長が阻害されることもあります。ということで、家庭における父親、母親との関係から「自治力」を教えられる機会が減ることによる「教育の赤字」がここにおいても生じるのです。イン・フォーマルの教育の赤字ですから「IF赤字」と呼びます。「IF赤字」には、次に述べるもうひとつの赤字があるので、これは「IF赤字1」と表現します。

 さて、次は前代の世相ともいうのでしょうか、この「消費社会」においては、物は使う(買う)のが当たり前となっています。イン・フォーマル教育の「自由時間」においても、その過ごし方をみると、ほとんどが生み出すための関わりではなく、消費することに意識が向けられています。消費することはすなわち物の値段とは切っても切れない関係にあります。そのため、多くの子供達は物の値段は教えられるます。すなわち、消費活動そのものを値段で換算するのが、当たり前の意識指向なってしまっているのです。なくなればまた買えば良いのですから、当然の事ながら物の価値については教わることはもちろん、考えることすらほとんどないということです。その結果として、「幸福」とは、より高い価値を保有することではなくて、相手が持てない品物を所有する事から発生するものだという幻想がそこに生まれているのです。  これが子供達のイン・フォーマル教育の中での、さらなる教育の赤字を生じさせているわけです。これをこれは「IF赤字2」と表現します。

 以上のように、私たちは3つの「教育の赤字」をもっています。

F赤字知識の詰め込み 対 人格教育
IF赤字1独立 対 自治力
IF赤字2値段 対 価値

そして、フォーマル教育やイン・フォーマル教育でのこれらの赤字を補填するのが、そうです「ノン・フォーマル教育」なのです。このノン・フォーマル教育は、今日私たちが直面していて、将来さらに多く直面する「教育の赤字」に対処するための解決策として、唯一かつ最も重要なものなのです。

 全ての青少年教育運動の中で、このニーズを満たし、赤字を補填していく上で、スカウト運動以上のものがあるでしょうか。
 スカウト活動は教育を目的としたもので、単なる知識の詰め込みではありません(進歩制度)。スカウティングは若者に自治を教え、それらによって自分自身の独立を自分自身で管理できるようになります(班制教育)。そしてスカウティングは消費社会から子供達を引き離し、自然とふれ合うことで、価値についての感覚と、自らの価値を選ぶ能力とを与えます(野外活動)。  このようにボーイスカウト運動は、「人生のための教育」を唯一の目的にしている青少年組織です。今日と明日の社会の責任ある市民の育成のための総合的な発展成長を目指す青少年組織です。しかも、その実績が証明された組織です。スカウト組織以外に、このような目的を持ち、それらをみごとに達成している組織は見あたりません。

 しかし、これらを展開していくにあたっての問題がいくつかあります。
 まず第一に、ほとんどの人が、このような「教育の赤字」の存在を認識しておらず、当然ながら理解もしていません。
 第二に、たとえその認識があったとしても、スカウト活動がこの問題に対する解決策を提供できる思われていません。なぜかと言えば、その1つは、スカウト活動が「レクリエーション」的であり「教育」的でないと見られているということです。もちろんスカウト活動は楽しいものであり、そして楽しくあるべきものです。そうでないと若者を引きつけることはできません。しかし、その楽しみは「目的のある楽しみ」であって、その目的は「人生のための教育」なのです。  もう一つが、スカウト運動は、自主参加が原則ということなのです。子供達が自らの意志でこの運動に参加することが、この運動の大原則になっているからです。学校や家庭のように、子供達の生活と切っても切れないものではなく、この運動に共鳴し、納得し、自ら志願して「ちかい」と「おきて」の実践を誓った者だけが、この運動を通して解決することができるのです。

 というように、いくつかの悪循環のスパイラルが組合わさってこの運動の加盟員が減少し続けているのかもしれません。
 さぁ、そこで、私たちが今の社会の青少年の育成にどの様なスタンスで貢献していったらよいのかを考えていきましょう。

 まず、私たちの目的となっている「良き社会人の育成」とはどんな資質を持った人を育てることなのでしょうか。それを明確にしましょう。これは、「ボーイスカウトって何ですか?」という問いに対する1つの回答にもつながります。それは・・・・・・

 「問題に立ち向かう力を持ち、かつ自分の開発を設計できる力を持つ青少年の育成」

このような個人(社会人)を私たちは望んでいるのです。具体的には
自治能力がある
個人として、また社会の一員として、個人生活と社会生活の双方に置いて、物事の選別をし、管理する能力があること
助けとなる
他人への思いやりを持ち、彼らとともに彼らのために行動し、彼らと問題を分かち合う
責任を持つ
自分の行動に責任を持ち、約束を守り、計画したことはそれを完遂する
献身的である
価値観、正義、理想を守るために発言し、それに従って行動する
これらにより、彼らの個人として、そして社会の一員としての潜在能力を十分に発達させていきます。

 次は、青少年の教育に関わる成人です。  ここで重要になってくるのが、1999年に南アフリカのダーバンの世界スカウト会議で決議されたこの「スカウト運動の使命声明」です。

世界スカウト機構の使命声明
スカウティングの使命は
スカウトの「ちかい」と「おきて」に基づいた
価値観を醸成する教育体系を通して、

人々が個人としての資質を発揮し、
社会において積極的な役割を果たすことが出来る、
  より良き世界を築くことに役立つよう、
    青少年の教育に貢献することにあります。
この使命は
  1. 青少年をその成長段階にある期間を通じて、
    ノン・フォーマル教育課程に関与させること
  2. 青少年が自己を信頼でき、協力的で、責任感があり、
    明確な態度をもった人間として成長するにあたって、
    ひとりひとりを重要な役割をもつ者に育て得る
    特有の方法を用いること
  3. スカウトの「ちかい」と「おきて」に示されている、
    精神的、社会的、かつ個人的な原則に基づいた
    価値観を醸成する体系を確立するよう
    青少年を支援すること
 によって達成されます。

(1999年7月 南アフリカ・ダーバン)

 この使命声明によって、スカウト運動が単なるレクリェーション活動ではなく、理念、目的、目標を明確にした青少年の教育活動であり、教育であることが明確になり、また、21世紀に向かってスカウト運動が、青少年の成長に、より的確に適合して いく運動であることが明確になりました。皆さんもこの「使命声明」をみたことがあるでしょう。しかし、問題は、このようにどんどんスカウト世界の情勢が変化しているにも関わらず、この日本のスカウティングにはほとんど浸透していないと言うことです。単なる一過性のものとでも考えているのでしょうか。
 やはり、ひとり一人の指導者が理解し、きちんと納得がいくまでの説明をすることが、地区や県連盟に求められます。しかし実情は、誰一人として深く確実に理解していません。もちろん理事長も県コミも。そんな状態ですから、県連にある2つの指令系統である理事会系とコミッショナー系では、当然の事ながらごく基本的項目の文字の羅列のみが伝達され、誰も詳しい内容を理解しないままで、過ぎ去ってしまいました。おそらく皆さんもその過程でこの使命声明を見たか、指導者講習会のノートを見たかのいずれかでしょう。

 自分もその当時のコミッショナーの1人でしたので、何を言っているんだ!!と叱られそうですが、敢えて言います。
 「(狭義の)教育者」でなく「指導者」であってかまいません。しかし、スカウト運動の指導者として、まずもっていなければならないことは何なんでしょうか。「よりよいかつ幸福な人生のために、その自分の人生に社会に責任を持ってかつ積極的に関わること」が名誉なこと、幸せになることだという価値感をスカウトが持てるような導き方をができるよう、自分自身がそれを十分に理解し実践すること・・・・・・・ですよね。理解するだけじゃだめです。そのレベルでスカウトに相対しても、スカウトからの信頼は得られないでしょう。理解し自らがそれを実践している姿をスカウトが見て、感じて動いた(感動した)ときに、はじめてそこに指導者とスカウトの信頼関係が築き上げられるのですから。

 知識の移転と前に書きましたが、(狭義の)教育者の仕事はそれですむのです。しかし、指導者はたいへんです。教えるための知識や技能ではなく、自らが社会人として役立つ知識や技能や精神、在り方等を身につけ、実践して自分にフィードバックすることまでも求められるのです。しかも、教室ではなく、野外活動という「体験」を重視した自然のフィールドで。
 これは「レクリエーション」ではなく、まさしく教育活動です。しかもスカウトのためというよりも「自分自身」のため? とも思える・・・・・。 いかがですか? 指導者は別な意味では本当の教育者じゃありませんか? そしてスカウティングは、まさに子供達にとっては楽しく学べる価値ある「教育現場」ではないですか? 「教育」という言葉を、そのような広い意味で捉えてください。(それでも「教育」という言葉に抵抗があるのなら、「スカウティング」という言葉にそれらを付加してください。)

  そういう意味で、スカウト達に相対する私たち指導者は、スカウティングという教育システムの中で、一番重要なポジションにいます。私たち指導者との関わりによって、スカウティングは展開されるからです。スカウティングは「教育システム」ですから、それが向かっていく方向があります。それがスカウティングの原理原則であり、スカウティングの4本柱でもあります。そして、それはスカウティングのとっている独特の方法によって達せてされることになっています。もちろん他の方法でもそれは達成できるものです。
 しかし、「スカウティング」という組織とシステムの中においては、スカウティングの方法によって達成するべく、我々がそれを実践していかなければならないのです。それが、スカウティングを実践する指導者に求められる「使命」なのです。そのため指導者としての使命を達成するためには、常に「正しいスカウティングの理解と実践」とスカウトに伝えるために「常に自分自身を高める自発的な関わり」と「必要な知識と技能、精神の獲得と理解」に務めてください。それが指導者の義務となってくるのです。

 それを実現するには・・・・・

 まずは、ラウンドテーブルに必ず参加してください。参加する意味がないと考えるのであれば、参加する意味が生じるようにコミッショナーに進言してください。自ら進んで関わってください。自分では見過ごしているところがたくさんあるはずです。
 次に、定型外訓練に参加してください。今のあなたが完成形ではないはずです。参加すれば何らかの進歩が生まれます。その進歩を更に自ら進めてスカウトに伝えてください。ポイントは「自ら進めて」です。教わってきたことをそのまま出してはいけません。  隊の指導者の誰かが開催されるいずれかの定型外訓練に参加してください。皆さんのレベルを10としましょう。同レベルの人が10人集まっても、100のレベルにはなりません。なってもレベル20でしょうか。ただ、もしそこにレベル70に人が1人でもいたら、その人との関わりで、他の9人も個々の違いはあるでしょが、20〜60のレベルに達するのです。自分はレベル10かもしれませんし70かもしれません。お互いの関わりで全員のレベルがあがるのです。レベル70の人ももちろん+αがあるはずです。不思議なものです。定型外訓練はただ教わるところではありません。参加者お互いの関わりでお互いを高め合うところでもあります。それをいろいろな切り口で、角度で、方法で行っています。

 そして、もし時間が許せば、WB実修所に参加してください。ここでは、問題に対する解決策を見いだす方法を研修していきます。あ、実修所に行ったからと言って、また地区や県の役員になったからと言って、定型外訓練に参加しなくていいってことはありません。全く別次元のものです。指導者でいる限り、自己研鑽は付いてまわりますよ。

 ・・・・・いやぁ、長くなってしまいました。

【なぎら発】

◆2004.11.09 Tue スカウティングのボードゲーム
ワクワク・ドキドキのボードゲーム

 気管支をやられてもう2週間にもなりますが、なかなか咳が止まりません。周囲の人にうつした?らしく、みんなから病原菌扱いされています。(でも、他の人の症状とはぜんぜんちがうんだよねぇ・・・)

 さて、そんな訳で、10月末から家で寝ていました。ほとんどの土日は外出して家にいたことがないかったので、娘は遊び相手ができたと大喜びで、あれやろうこれやろうと近寄ってきます。はじめの頃は「風邪がうつるから」と遠ざけていたのですが、結局粘り負けして遊ぶことにしました。トランプ、カルタ等のカードゲームは、布団に寝ていると難しいし、何か他のゲームは・・・思い出したところ、10年も前に買った「スコットランド・ヤード」というボードゲームがあるのを思い出し、棚の奥から取り出してきました。

 怪盗Xと5人の警察官の追いかけっこですが、なかなか知的で、観察と推理、そうまるでボーイスカウトのためのゲームのようです。しかし、それも5回もやると飽きてしまいました。そこで考えたのが、前述のAPRワークショップの時に思いついたiGAMEです。これをボードゲームにしたら面白いかもしれない!! ということで、娘と2人で作り始めました。「すごろく」というよりは「人生ゲーム」に近いものですが、自分で言うのもナンですが、なかなか「ワクワク・ドキドキ」のゲームになりました。

 ちょっと概要を説明します。
  • スタート時にアイテムを2つ持つことができる(ナイフ、ロープ、寝袋、ライト・・・・)
  • サイコロの目の数だけ進んでいき、そのマスの指示に従う。
  • 最初の6マスは、生きるためのエネルギーがカロリーを獲得できる。それ以降のマスでは、エネルギーを得られたり、取られたりするものもある。
  • 途中の「ライフポイント」では、水を得られるかわりに、エネルギーを500KCal消費してしまう。
  • 途中「ゲット」のマスは、好きなアイテムをもらえる。「トレード」のマスは、だれか好きな人から、その人がもっているアイテムをもらえて、自分のいらないアイテムを渡す。「チャンス」は、チャンスカードを1枚引いて、その指示に従う。
  • 勝敗は、最初にゴールした人が勝ちか、一定の時間で最もゴールに近い人が勝ち。2位以降は、トータルのエネルギーの多い順とする。
  • また、途中でエネルギーがなくなった場合は、スタートからやり直す。やり直した場合は、ライフポイントでのエネルギー消費は1000KCalとなる。

 というものです。「なーんだ」と言うなかれ。やってみるとホントにおもしろいですよ。

 ボードは、ジョイフル本田で色つきの模造紙を買ってきて、海・砂浜・川・草原・ブッシュ・林・ジャングル・丘・山を書き込みました。マスは、A4のシール用紙を買ってきてパソコンで印刷し、それをボードに貼りました。チャンスカードもA4の名刺用紙で作りました。コマは需品部で売っている「スカウトくん」キーホルダーの人形を使いました。材料代は約1000円ほどでした。

 ポイントは、各マスでの指示の内容です。ここにスカウト活動(ハイキング、無人島サバイバル等のアドべンチャー)的要素をたくさん取り入れました。またアイテムをどの様に使うかもポイントになります。スカウト活動で使用するならば、指示に進歩課目を織り交ぜてもイイかもしれません。要は、誰がプレイするかですから。ボーイ隊用、カブ隊用も作れるでしょう。

 まだ、検証中ですので、いいものができあがったら、OGE-TAIのホームページに掲載します。乞うご期待!!??

【なぎら発】



◆2004.10.19 Tue ITとICT
APRのワークショップに参加して

 10月14日から18日に開催された、アジア太平洋地域(APR)のワークショップに参加してきました。今回のテーマは「情報通信技術の青少年プログラムに果たす役割」というものです。

 私は今まで、IT(Information Technology)とICT(Information Communication Technology)の違いについてあまり意識したことがありませんでした。当然ながら、今回のワークショップでは、ホームページの在り方とか電子メールの活用とか、メールマガジンやウェブマガジン、チャットやブログを使ったインタラクティブ(双方向)のコミュニケーションをどのように行っていくか、その仕組みや使い方、そしてそれをどう促進していくか、また、青少年プログラムとしてどう取り入れていくか・・・・だと思っていました。

 ところがそれは大きく違っていたのです。私は「Communication」をそのまま「会話すること」という意味で捉えてしまっていました。だからこのように考えてしまっていた訳です。実際には、「Communication」を元来の意味である「共有化すること」、さらに進めて「共同体を形成すること」と理解できて、私たちがITと呼ぶものの本来ある姿、要するにこのワークショップで議論すべき内容が、ようやく見えてきたのです。つまりICTとは、「情報伝達」だけでなく「情報共有化」を促進する技術です。また、スカウティングにおいては、「情報」を「価値観」と置き換えた方がより適切になるでしょう。自由な「価値観の伝達」によって、「価値観の共有化」や「価値観に基づく共同体の形成」を促す技術というわけです。

 このワークショップでは、ICTを組織運営、イベントの運営にどうやって活用していくか、インターネット上のゲーム「iゲーム」をいかにスカウトプログラムに取り入れていくか、またどんなiゲームを作っていくか、そしてスカウトでない青少年をどのようにスカウティングに取り込んでいくか、さらには「バーチャル・コミュニティ」の役割をどのようなものにしていくか・・・・等々、実に興味深いものでした。

 参加して感じたことは、どの国の指導者も「スカウトに教える」という観点で議論がなかったことです。スカウトがするべきこと、指導者がするべきことが明確なのです。たまに私が口を挟むと(全て英語なので・・・・)、それは我々がやることではない。スカウトの責任でやることだ、と釘を刺されてしまう始末です。相当自分の中での意識改革を要求されてしまいました。日本の伝統的教育法とスカウティングの教育法、自分では区別ができているようでも、なかなか難しいものです。まあ、日本の土壌がそうなので、それに合わせたスカウティングでも良いとは思いますが。

 また、いろいろな人の話(特に専門家)を聞くことによって、どんどんインスピレーションが湧いてきて、スカウティングへの活用のイメージが膨らんできました。自分の思考の殻を破ることができたようです。また一歩階段を上ることができたという気分です。今まで数多くの研修を受けてきて、今は指導をする側になっています。もちろん自己研鑽は続けていますが、今回のように自分の世界が大きく広がったことを感じたのは、26年前に受けたWB研修所以来でしょうか。今は、もっと自分の世界を広げたい、もっと知りたい、もっと試したい、そしてスカウト達に役立てたいという気持ちで溢れています。

 このICTですが、県連においても早急に取り組んでいくべき課題の一つです。まずは、理事会の運営からの導入でしょうか。例えばWEBでのTV会議、BB回線の普及で実現可能です。これによって事務通信費、交通費、食費という県連の出費が抑えられ、個人的には「移動時間」や「場所的拘束」がなくなります。使い方が理解され、そして先入観が払拭され、自ら使っていこうという意識があれば、普及は促進されると思います。スカウトは「先駆者」であり、「道をつくる」「まず実行する(実践躬行)」ことを美徳としており、その代表として範を示さなければならないのが県連役員、地区役員の皆さんでしょう。是非とも「自ら進んで」県連でのICTの普及に取り組んでいただきたいと思います。

 茨城県連が正式に日本ジャンボリーの誘致に手を挙げました。次の世界ジャンボリーも視野に入れての話です。ここで必ず必要になるのはICTです。5年後には、これなくしては計画・準備・運営が成り立たなくなっていると思います。昭和の時代、21世紀という言葉には「科学の発展と便利な世の中」というイメージがありました。21世紀になって5年目の今、ひとつひとつそれは実現されています。ただ、まだまた普及されてはいません。それは、私たちが「便利さは与えられるもの」という意識が強く「自らの関与で勝ち取るもの」という意識になっていないためだと思われます。私たちはスカウト(スカウター)です。自らの手でよりよい環境を作り上げていきたいものです。

【なぎら発】



◆2004.10.18 MON 川海山プロには十分な安全対策を
なお一層の「安全管理」を。

 7月末に鹿児島でカブスカウトの水死事故が、6NVでは登山中の滑落事故、雷雨避難の遅れ等が発生しています。
 団委員・指導者各位におかれましては、プログラム展開に際して必要十分な安全対策と対応、研ぎ澄まされた危険予知、安全が確保できない場合はプログラムを中止する勇気と決断をもって臨んでください。
 自然もスカウトのコンディションも刻々と変化しています。今まで大丈夫だったから、一通り見たから・・・ではだめです。事前、直前の下見、それもスカウトの立場・目線での下見を必ず行ってください。
 また、プログラム展開時のリーダー間の連絡体制、救急治療体制、警察・消防署への届け出と連絡体制を必ず整備し周知しておいてください。夏季キャンプが楽しい思い出になるよう、よろしくお願いします。
 県連では、団指導者の安全認識と対応能力の向上のために「指導者安全講習会」を実施しています。安全で楽しいスカウティングのために各指導者におかれましては必ず受講されるようお願いいたします。次回は11月28日です。

【アダルトリソーシス委員会発】

◆2004.07.16 FRI 高校野球の応援とスカウティング
母校の高校野球を見に行って・・・・

 本日、母校の夏の高校野球の予選があるというので、土浦市営球場に行って来ました。

 かれこれウン十年、気にはなっていたのに足を運ぶことはありませんでした。しかし、今年は「行かなきゃイカン」と何かに後押しされたようです。1人で行くのは気恥ずかしかったんですが、高校生の波の中、一緒に応援してきました。

 会場について、ベンチに座るまもなく応援が始まったのですが、応援指導部のカッコいいこと。応援の型も決まっていて、実に清々しいものでした。また、我々の頃は男の、しかもちょっと不良っぽいグループというイメージだったのが、半分は女子なのでびっくりです。感心したのが彼らの態度、生徒にはもちろんですが、我々一般の応援者にも、きちんとした態度で、礼儀正く、応援の進行も実に素晴らしかった。ほとんど試合なんか見てないで、彼らの挙動を観察してしまいました。

 母校の応援という、目的がしっかりと解っている集団ですから、すごい熱気と情熱とエネルギーに溢れていました。これが高校生なんだなぁと、認識を新たにしました。前回の5NVでベンチャーナイトでのスカウトの態度について、いろいろと意見がありましたが、この熱気に同じものを感じました。確かに、5NVでは私も理解をしながらも眉をひそめた1人です。スカウティングは・・・と、正論をぶちまけたい、そして制御したいと言う気持ちがありました。そしてよくある「今時のベンチャーは・・・」といっている自分がありました。

 今日、一丸となっている応援の中に位置して、リーダーシップ溢れ、本当に一生懸命に応援している指導部の指示を受けて応援して、そこに感じるものがありました。ベンチャースカウトの溢れるエネルギーを上手に発散させ、それを自らのプロジェクト推進のエネルギーにしていくのは、リーダーの在り方、関わり方ひとつにかかっているんだなぁと。ベンチャーだけじゃなく、ボーイもカブも同じ。リーダーがあふれる情熱で、スカウトのためにいろんなものを身につけ、そしてグイグイとスカウトを引っ張っていけば、そういうリーダーシップがとれるリーダーだったら、スカウトたちは自分からついていくんじゃないのかなぁと。

 応援指導部の団長と団員達、そして生徒達の関係は、まるで、隊(=隊長と副長とスカウト達)と同じだと思いました。カッコいい隊長、そしてそれぞれ魅力的な副長、集会でのみごとなチームプレイと連係プレイ、互いの信頼関係・・・。魅力的であるからこそ、指示に従う生徒・スカウト達・・・・。

 今の自分はどうなんだろうか・・・。なんか、いつのまにか頭でっかちで理屈先行になっている口だけの自分に気づいてしまいました。今から20年前の隊長だった頃、スカウト達との関係はどうだったろうか。今もその時と同じのつもりだけど、それはつもりであって、実際は大きく変わってしまったんだ・・・。 彼らの動き、態度、言葉にがつんと一発くらいました。

 まぁ、我々はもう年ですから、彼らと同じにはできませんが、気持ちを入れ替えて、体を鍛え直したらまだまだやれます。しかしそれ以上にできる年代のリーダーがいます。そうユースリーダー&若手リーダーたちです。彼らの活躍できる場をきちんと作らないといけないと感じました。是非若手リーダーにも意識を持って地区や県連の運営に加わってもらいたいです。

 以前、将来構想委員会で、県連役員の平均年齢は35歳以下とする・・・的な記述があったことを思い出しました。しかし、現実は、名ばかりの役員が大半を占めています。それから、前回のキャンポリーで、ステージ運営と参加しているスカウトを見た、ある県連役員がポツンといったことを思い出しました。「もう、世代交代の時期がきているなぁ」と。自分も40代の後半に突入してしまいました。しかし、この県連では、まだ「若手」なんです。本来だったら、もっと若いリーダーの支援にあたらなければならない立場になっている年代です。出る杭は打たれるのですが、まだ、我々の年代も「杭」なのです。杭を打つようになるには、あと何年かかるやら。その頃には、杭が1本もなくなってしまったりして・・・・。そしたら、永遠に打たれつづける・・・・んですね。はぁ・・・。

【なぎら 発】




◆2004.07.04 Sun チャボ「Tochihito」の日記から
私はチャボの「Tochihito」です

 7/3の朝、突然男が家の中に入り込んできました。

 殺気を感じたので逃げて暴れましたが残念ながら捕まってしまいました。左足にヒモが結わえられ段ボールに詰められました。捕まったのは私だけだったようです。

 1時間ほどで箱が開けられ、チャンスとばかりに逃げ出しましたが、足のヒモを捕まれてしまいました。あと一歩のところだったので残念です。そのヒモの端はフェンスに縛られてしまいました。

 男達の声を聞くと「トリチョン」とか「ひねる」とか「ナタでスパッと」とか聞こえてきます。何のことだかは解りませんが、彼らの方から殺気が感じ取れるので、恐ろしいことを話しているのでしょう。

 それからしばらくの間、彼らは別のことに夢中になり、再び私のところにやってきたのは太陽が暮れた頃でした。私はむんずと掴まれ、また箱に入れられました。また1時間位して、暗くなってから家に帰されました。

 今日はいったい何だったのでしょう。

【チャボ 発】



無事難を逃れたチャボ「Tochihito」
◆2004.07.03 SAT -04 SUN 早い、美味い、簡単なスカウト料理の研究は 大成功
野営法研究会「ビフォー・アフター野営料理はこう変わる」実施

 「早い、美味い、簡単」名料理を開発・研究する今回の「野営法」、お知らせ期間が短かったこともあり、参加者は6名、それにスタッフ12名を加えた18人で開催されました。

 まず松澤AR副委員長の差し入れから事件は始まった。差し入れは自家製のタマネギとジャガイモ、それに段ボール箱。箱を空けた瞬間、中から飛び出し脱出を試みたのはチャボ1羽。まさにびっくり箱状態で、中島AR委員長はぶっ飛んでしまった。ぶっ飛びながらも足に結わえた紐はしっかとつかんでいた。。

 次の事件は、開会式。U字形に並ぶのだが、なかなか位置が決まらない「こんなに難しかったんだ・・・」とT隊長がぽつりと漏らす。そして戸舘主任講師の抗議・・いや講義に入った。「遊びじゃないぞ」と一喝!!?。一気にお楽しみ会ムードが研究会ムードにチェンジした・・のだけど、さすがは手練れのリーダー達なので、心に一本芯を通しながらも、和やかムードで、作業に入った。

 まず、最初の作業は「献立」づくり。4つの班に分かれての作業。条件は1人600円で2食(夕食と朝食、ごはんは別)×4人(5人)分。残り物を出さない。「早い、美味い、簡単」を達成・・・・である。それぞれの班が知恵を絞って献立を作り、菊地講師が各班ダブらないように調整する。そしてレシピを作リーダー、材料を調節して、安売り情報を元にスーパーに走る。スーパーでは、ダイの大人が16人、大声で話しながら狭いスーパーを縦横無尽に駆けめぐり、風のように去っていった。

 さて、戻って調理が始まった。レシピの通りに作っていく。3つの班は「班」としてのメニューをつくっているが、1つの班は「うちはベンチャーだもんねー」と個人のメニューを作っている。調理開始から1時間、全ての料理ができあがった。実に早かった。そして大試食会となった。試食会終了後、レシピの修正とメインイベントのトリチョンの実行を忘れたことに気が付いた。チャボ「Tochihito」は一命をとりとめたのだった。

 片づけ終了後いったん研修をしめ、5地区グループはラウンドテーブルに、その他の参加者は帰宅組と宴会組に分かれた。
 翌日は6時半に朝礼、その後朝食づくりをして、写真を撮って、まとめをして、なんと9時30分には解散となったのでありました。

【なぎら 発】



レシピを検証中。すなわち「食う」こと。
◆2004.06.28 MON リーダーとしてとっても残念なこと
女性のための研究会とプログラム研究会でのこと

 昨日、一昨日と大変良い研修ができてとても嬉しい反面、残念というか、情けないことがあったので、お話しさせてください。
 それは「無断欠席」のことです。両日とも1人ずつの欠席がありました。26日の方は、欠席に際しての連絡も何もありませんでした。当然、用意していたお弁当は無駄になり、開設経費の赤字も増えてしまいました。27日の方は、当日参加する同じ団の指導者に言伝てされたので、主催者側の気持ちとしては満月ではありませんが半月と満月の間くらいまで回復?しました。

 私たちはスカウトを指導しているリーダーです。再三子供達には「ルールを守ること」の大切さを伝えていると思います。スカウトが集まって「組」や「班」や「活動チーム」を作っています。それは、全員が揃ってはじめて本当の力が発揮されるものです。1人が欠けるとぐらつきます。みんなが納得する理由で、それも事前に伝えられていれば「よし、みんなでがんばって補おう」という気持ちにもなり、チームが更にまとまるでしょうし、休んだスカウトも次回は気持ちよく参加できる環境がそこに作られるかもしれません。

 しかし、無断で休んでしまった場合、それは単に「非難」の的にしかなりません。その日の活動はどこか心の隅にシコリが残ったままの活動になるでしょうし、そのスカウトが次回の活動に出てきても、みんなの視線・態度の変化に気づくことになるでしょう(最近それにすら気づかないスカウト・保護者も多くなってきていますが)。

 もし、あなたが隊長・副長やDLだったら、それに気づき、休んだスカウトが班や組に入れるよう取りなす行動をすると思います。おそらくリーダーだったら、そんなことが起こらないように、事前に「休む時は連絡するんだよ」と指導しているハズですよね。個人の活動ではないんですよね、小集団の利用して、相互の関わり合いの中から人間性・社会を学んでいくのがボーイスカウトなのですから。そこに「自分の責任」というものをしっかりと教えているワケです。

 自らエントリーしながらの無断欠席。
「スカウトは誠実である」・・・・・信頼は一度失ってしまうと回復するにはその何十倍も何百倍もの「信頼を取り返す」実行が必要になりますよね。それで回復できたらホントにラッキーだと思います。さぁて、私ももう一度、心に手を当てて顧てみましょう。

【なぎら発】



スカウトは誠実である。



私は良いスカウト(スカウター)になります。

これに対するご意見はこちらへ
◆2004.06.27 SUN 勉強させていただきました。
県プログラム研究会

 今日のプログラム研究会はとても有意義でしたね。
富岡さんの話は、昨日と違って「男」がいるので、ちょっとばかり話しにくそうだった・・・・けど、話の内容は、さすがと思えるものでした。内容を要約すると、

 「カブ・ビーバーは1日で成し遂げられた喜びが得られるプログラムであれ。」「子供は認められたい!! そこに子供の居場所がある。」「指導者はドラえもんのポケットを持とう!!(ちょっとしたことをたくさんもっていることが大切)」「リーダー不足で・・・。それはあなたが『こうでなければいけない』の壁を作っているのかも」「初めて入る人にはBSはわからないことだらけ」「同じプログラムでも、スパイスのきかせ方によって、全く違う印象を受ける」等々延々。

 中でも富岡講師がこのときだけまじめに言った言葉は「プログラムの展開の3大ポイントは、@実際に子供と一緒に活動していますか? A年代・子供の特性に合ったプログラム展開をしていますか? B個人の特性をのばしてあげていますか?」でした。そして、最後も言葉は「今の自分の力で、自分にあった活動を!!」。

 解っているけれど、心のどこかに置いてホコリがかぶってしまっている言葉の数々、トレーナーとして長くやっていますが、トレーナーも初心に帰ってトレーニングを受けることは大切だぁと、心から思いました。参加して良かったですよ。参加できなかった皆さん、ホントに貴重なチャンスを逃してしまいましたね。私の師匠が常に言っていました「自ら進んで、そして求めてチャンスを掴め」と。次回のチャンス、逃さないでね!!

【なぎら発】



やっぱりゲームは楽しい。それはみんながルールを守る、約束を守るから。
ゲームからも規律と秩序をまなぶことはできるんだ。
◆2004.06.26 Sat 男性リーダー・役員の皆さん、女性指導者は本気で考えています!
県定型外訓練「女性指導者のための研究会」

 6月26日(土)に土浦市青少年の家で、県アダルトリソーシス委員会が主催する「女性リーダーのための研究会」が開催されました。
 今回は日本連盟総務委員長の富岡賢一さんにお越しいただいて基調講演(と言うか漫談というか・・・)をしていただき、それから課題研究に入りました。

 今回の課題は「@女子スカウトに対して女性指導者はどうあればいいのか」「A女性指導者がこの運動を盛り上げるためには・・・」の2つです。日連総務委員会(富岡、吉田、河内)が各班のチューターになり、おまけの男性指導者班の4つの班で研究をしましまた。研究内容については、本編(まもなく掲載)の方に掲載されますので、そちらをご覧ください。

 研究会は4時に終了になりましたが、そのあとも引き続いて懇談会ということで、5時近くまで話が続けられました。終始笑いが絶えないとても良い雰囲気の中での研修でしたが、女性指導者の今後の在り方、男性指導者の今後の在り方にしっかりとした方向が見えてきました。

 言うだけで動かない男性指導者・役員のみなさん、女性は本気この運動を「スカウトのために」と考え動こうとしています。そして若いリーダーたちも同じように動こうとしています。この流れをしっかりと見て組織に反映することができるかどうかで、これからの県連が上り調子に転ずるか、このまま下降路線を続けるか、今はその分かれ目のちょうど真上にさしかかっているんですね。

【県アダルトリソーシス委員会発】



どんどんなめらかになる富岡弁
◆2004.06.05 Sat スカウト諸君、リーダー達はがんばってるよ!
スキルアップセミナー1「ソングとキャンプファイヤーのプログラム研究」

 6月5日(土)に、隊や組リーダーが、もっともっと良い隊集会を実施していくために勉強する研修会が土浦市青少年の家で行われました。
 隊リーダーの研修には3つの区分があります。指導者としての基本的事項を学ぶ「定型訓練(指導者講習会やウッドバッジ研修所など)」、指導者がより幅の広い活動していくための知識や技能を学ぶ「定型外訓練(○○研究会、○○セミナー、○○講習会など)、そして「自己研修」とよばれる専門家や先輩に協力をしてもらいながら自分自身で行っていく研修・・・です。

 さて、この研修会には県内各地から35名もの参加者がありました。研修の内容は、午前中は「歌はどんな時・場面で歌ったらいいの?」というテーマで、カブやボーイの歌を、あるキャンプを例にとって、そのいろいろなシーンを想定して、曲・歌詞から受けるイメージ(曲想)を捉え、それを分類しながら歌いました。

 午後は、5つの班に分かれてキャンプファイヤーの運営を勉強しました。全体の流れ・構成、出し物の要素、その組み合わせ方、モチベーションの上げ方等々を班ごとに考え、他の4班をスカウトに見立ててそれぞれの班が20分のファイヤープログラムを実際に運営しました。スタッフも入れて、全部で6つのファイヤープログラムが展開され、たいへんハードではありましたが、中味の濃い研修になりました。今年のキャンプファイヤーは、楽しくなりそう?ですよ。

【5地区アダルトリソーシス委員会発】



会場は熱気ムンムン。参加リーダーはたくさんのおみやげを持って帰りました。